バース・ミッション

<ファイナル・ハート続編>   *2007.7.25〜9.15*

〜絶望こそが生まれた理由(わけ)。
そしてそれが使命(バース・ミッション)だった。〜      

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1*エナン
 空に曙色の光がにじんできた。
 エナンは遺跡の前の石柱の影に座り込み、それを望んでいた。
(もう帰らなきゃ・・。)
 それでも立ち去りがたいのは、イリュに会えなかったからだ。
 遺跡の神事があるときは、イリュはだれにも会わない。それでもエナンはカリフに殴られるとどこにも行くところがなくて遺跡に来てしまう。
 山並に囲まれてエナンの住むペキニの街は広々と開けていた。
 その街から砂漠を超えて半日以上かけてエナンはイリュのいる聖エトナの遺跡に来ていた。
 子どもの足では遠い道のりだった。
 イリュがそのやわらかい手で「どうしたの?」とあたたかく頬を包んでくれるだけで、母のいないエナンは痛みを忘れた。
 ひとつ、ため息をつくと、寒さと切なさで鼻をすすりながらエナンはしかたなく遺跡を後にした。

「きのうからどこ行ってやがったんだ。めしを食ったら稼ぎに行くぞ!」
 エナンを殴ったことなんか忘れたようにカリフはそう言ってあごで鍋を示す。
 エナンはカリフの分を皿につぎ、テーブルに運ぶと、自分の分も皿に盛った。おとといエナンが作ったスウプだった。
「またイリュか?遺跡に行ってたのか?」
 うなずく。
 カリフは不機嫌そうに嘆息した。
「どうせ会えやしないのに。砂漠は夜越えるなよ。呪われる。いいな。」
「遺跡で夜を明かした。」
 カリフはもう返事をしなかった。

 街に出ると、市場の雑踏でカリフはエナンの背中を押した。
「あいつだ。」
 エナンはカリフがその太った商人にねらいを定めたのを見てとると、そばまで寄っていき声をかけた。
「おじさん、両替え商を探してるんならぼくのかあさんとこ来てよ。他より高く替えるから。ぼくんち病気の妹がいて施薬院へ行くんだ。今日は早く店仕舞いしたいんだ。急ぐんだ。たのむよ、こっち。」
 南から来たらしい商人はエナンに手を引かれて路地裏に入った。
 そこでカリフに後ろから殴りつけられて、あっけなく気絶した。そして持っていた南の金貨を根こそぎ巻き上げられてしまった。
「今日はついてるな。仕事は終わりだ。」
 カリフは上機嫌になってエナンをうながした。
 路地には大きなおなかを天に向けてひっくり返っている商人が、ひとり残された。
「これで麦粉や発酵酒を買っとけ。」
「カリフは?」
「おれはいつものところへ行ってくる。」
 そう言ってカリフは金貨の大半を持って意気揚々と人混みに消えていった。
 しばらくその姿を見送ってから、エナンは歩き出した。
 麦屋で麦粉を買った。
「エナン。元気がないね。カリフはまた酒場かい?」
 小さくうなずくと店を出た。
 エナンがカリフの元に居着いてから3年半経とうとしていた。

 エナンは自分のほんとの年がわからない。
 北の峯の奥で病いが流行って村がひとつなくなるくらい人が死んだとき、両親も親戚も死んで、身寄りがなくなった。
 腹をすかせて峰の奥から山を下ってきた。物乞いをして、村から村へとさまよった。
 おそらく8歳くらいの頃だ。親のいる子供は学問所に入る頃だったが、エナンは人の家の軒先やあばら家を転々としながら北の峯の方から寒さをしのぐためにペキニの街へと降りてきた。
 大きな街は初めてだった。
 人の多さにも戸惑った。
 人は多くても、道端の子供に目をやる者は少なかった。
 たとえ視線を送られても、そこには蔑みと哀れみと面倒は御免だという気持ちの入り混じった冷ややかなものだったりした。
 エナンの身なりはそれほどひどかった。
 人に声をかけようとしても、人は歩みをゆるめない。
 食べ物のにおいにつられて市場にさまよいこむ。丸二日物を口にしていなかった。
 揚げマムの屋台があった。麦粉を薄く伸ばして揚げたマムに黒糖をまぶしてある。
 店の者が目を離したすきに、エナンは揚げマムをつかんだ。
 隣の店の者が大声をあげた。
「泥棒!」
 エナンは走った。空腹で目が回ったが、足をもつれさせながら夢中で走った。
 辻から飛び出した。
 目の前に馬車が迫った。
 驚いて悲鳴をあげた。
 大声をあげる御者の引きつった顔があった。
 その瞬間誰かに抱きかかえられて路地に転がり込んだ。
 馬車は通り過ぎ、人々の声を遠くに聞いた。
「おい。」
 男の声がした。
 うっすらと目を開けた目の前に、無精髭の男の瞳があった。人相は恐かったが、その瞳は思いのほか恐くなかった。
「・・・。」
「来い。追われてるんだろ?こっちだ。」
 エナンは男について裏路地から裏路地へと抜けた。そうして街はずれの男の小さな小屋にたどり着いた。
「ひでぇ格好だ。まぁ、オレもそうだった。」
「おじさんも?」
「カリフと呼べ。名はなんという?」
「エナン・・。」
「身寄りはないのか?」
 エナンはうなずいた。
「なんとでもなる。オレもそうして生きてきた。頭を洗って体をふけ。」
 カリフは笑わなかったが、エナンは初めて人を自分に近く感じた。
 不器用に頭を洗っていると、カリフがやってきて頭をしごいた。服を脱がせてからだも拭いてくれた。そして自分の上着を持って来てエナンにはおらせると、マムを湯に入れてふやかしたものをくれた。
「すきっ腹に揚げマムはよせ。腹を下す。」
 あとはたいしてしゃべらずに、自分は発酵酒を飲み出している。
 エナンはそれまで涙を流したことがなかった。あまりにも生きることだけにせいいっぱいで、涙を流すことすらできなかったのだ。
 だけど、このマムは今まで食べたどんなものよりも旨かった。
 ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、エナンはマムを口にした。
 カリフはそんなエナンに気づいているのかいないのか、黙って酒を飲み続けた。
 その夜は部屋の隅の毛布にくるまって、エナンは深く寝息を立てた。
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