バース・ミッション

<ファイナル・ハート続編>   *2007.7.25〜9.15*

〜絶望こそが生まれた理由(わけ)。
そしてそれが使命(バース・ミッション)だった。〜      

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10*風
 ある晩、カリフは客が預けた馬を引き出してきて、その客に連れられて店を出るまだ若い女を見た。
 まだ二十歳にもなろうとしていないような娘は青い顔をして虚ろな目をしていた。
 馬番に聞いた。
「どうしたんだ?」
「金で飼われたんだ。奴隷同然だ。もうもどって来ない。」
「もどらないで、どうなるんだ?」
「ひどい目にあわされて早晩おッ死ぬだろう。そしてまた替わりを買いに来るのさ。気をつけろよ。買われるのは娘だけとは限らない。前にいたおまえくらいのやつは目をつけられて連れてかれた。」
 3ヶ月もした頃、カリフはまたあの客が店に来るのを見た。
 その男の目はエローのように冷たいだけでなく、底深く暗く濁っていた。
 気に入った女がいなかったのか、すぐに男はひとりで出て来た。その後ろを追って女将が機嫌をとるようにあからさまな芝居がかった高い声で笑ってついてくる。
「まぁまぁ、また新しい娘を入れておきますから、これにこりずにまたいらしてくださいな、だんな。」
 男は女将を無視して馬の手綱をとろうとした。
 その時、馬を引いていたカリフに気づいた。
「こいつは?」
「下働きのカリフです。」
「安くするか?」
「え?こいつですか?ええ、ええ、お安くしときますよ。他ならぬだんなのことですから。」
 男は金貨を2枚女将に放ると、カリフの服をつかんだ。
「乗れ。」
 有無を言わさず馬に引き上げられて、カリフは擦り切れるように働かされた宿を後にすることとなった。

 馬は街の中心部へと走った。
 カリフには生まれてこのかた縁がなかったような豪華な屋敷が立ち並ぶ中の、1軒の豪邸へと男は入っていった。
 男の名はエンライ。タスチフでも指折りの金持ちだった。金で人も名誉も買えると思っていた。実際そうしていた。
 陰では人を買い、奴隷のように扱い、表の顔は慈善家を装っている。
 エンライはカリフにまずこう言った。
「一切の口答えを許さない。わたしがしろといったことは駆けてきてやれ。遅れれば遅れるほど鞭の数は増える。わたしが主人だ。おまえは犬だ。わかったら次の間で控えろ。」
 ガダは乱暴で、女将は意地悪だったが、まだ単純だった。
 エンライは紳士のような格好をし、外でそう振るまっていたが、一皮むくと自分のうっぷんを晴らすための専用の使用人をまるで消耗品のように扱う趣味のある男だった。
 言うことはくるくる変わり、気まぐれに無理難題を言いつけてくる。そうして人の神経をすり減らすことを、まるで喜びとしているかのようだった。
 そのことを知っているのは昔からの使用人の男ひとりだけだった。
 カリフはその男に聞いた。
「前にここへ来た髪の長い茶色い瞳の人は?」
 男は答えた。
「死んだ。」
「なぜ?」
「エンライ様に逆らったからだ。・・おまえも長生きしたかったら逆らうな。」
 真夜中だろうがエンライはカリフを呼ぶ。
 遅れると鞭が飛ぶ。
 カリフの神経はだんだんにすりきれて、それに比例して背中の鞭の傷も増え、治る暇もなく膿が出て腫れ上がった。
 カリフは上を向いて眠れなくなった。
「おまえはまだ自分を人間だと思っているな?おまえなどたった金貨2枚でわたしの所有物になったただの道具だ。死ねば替わりなどいくらでもいる。」
 エンライは寒気と吐き気のするような濁った目でカリフを見下した。
 熱が出て動けないカリフを呼んで、来ないと隣の控えの間にやって来てうつぶせて寝ているカリフに悪態をつき、その背中に鞭をふるう。
 声も出なかった。
(もう・・オレは・・死ぬんだろう・・。)
 熱があってもうろうとする意識の中で、カリフはぼんやりとそう思っていた。
 翌日エンライは出掛けた。
 エンライがいないというだけでカリフはつかの間の安息を覚えるようになっていた。
 カリフの希望は高望みからはどんどん遠ざかっていった。何も望まなくなったあたまを横たえて、ただ新たな痛みが襲ってこないことだけを願っていた。
 目をつむっているのか開いているのかも忘れた。
 その目の前にひらひらと何かが飛来した。
(・・?)
 色だけが認識された。
 朝日のように輝く淡い黄色をした何か。
 記憶のかなたのそれをようやく探り当てた。
(蝶だ。)
 窓の小さな隙間から入り込んだその蝶は、カリフに風を教えた。
(・・外は・・春・・なのか?)
 かつて味わった春のことを思い出した。
 どんな時も今よりはずっと生きていた。
 涙がこぼれた。
 ひとしきり泣いた。
 涙は凍え切った心を少しだけ融かした。
 うつぶせている顔を少しでも窓の方へと向けた。
 背中の痛みを忘れるように窓からの風に心を向けた。
 頬をなでるかすかな風を感じた。
 さっきから吹いていた風は今初めてのようにカリフに発見された。その時、なんともたとえようのない感情が湧き起こった。
 それはただの哀しみともつかぬなにか突き動かすもので、もっと根源的な、生命の琴線に触れる感情だった。
 さっきとは違う涙があふれた。
 たとえ肉体の牢獄に囚われていようと、それを感じる自由があるのだというもしかしたらそれは希望ですらあった。
 その感触だけをたよりに、この瞬間を生きようとした。
 一瞬痛みを忘れた。

 その晩のことだった。
 カリフは隣の部屋からすすり泣きがするのが聞こえるように思ってうっすら目を覚ました。
 すすり泣きの合間にエンライがぶつぶつしゃべる低い声が混じる。
「・・わたしはもうおしまいだ。・・助けてくれ。・・もうほっておいてくれ・・。」
「やつらはそういう星の元に生まれて来てるんだ。わたしはやつらを思うままにする力があるんだ。」
「・・わたしをせめるな。そんな目でみるな。・・来るな!・・」
「やつらは人間じゃない。わたしのものだ。道具だ。やつらに力などはない。」
「・・寄るな!・・助けてくれ・・」
 すすり泣きは明け方まで続いた。
 カリフは今までにないほどの言い知れぬ恐怖を覚えた。
 もうすでに力は尽き果てていたが、昼間の風の感触を必死で思い出し、瞬間でも生きる力を振り絞った。死に物狂いで眠り込んだエンライからの逃亡を図った。
 一足ごとに背中に激痛が走り、一歩は果てしなく、ひどいめまいに足をとられたが、それでも這うように門のところまで辿り着いた。
 何時間かかったかわからなかった。守衛のいない今は使われていない小さなその裏門で、精魂尽き果てて倒れこんだ。
閉ざされた高い塀の柵の間から倒れたまま震える手を伸ばす。もうこの先にからだは行けないが、自由の方へ、生の方へ、希望の方へ。
 目の前に咲く塀の外の路傍の花は、可憐な白い花びらを微かに風に揺らしている。
 カリフの瞳はその花の白い色を捕らえた。
 意識が遠のいていく。
 瞬間痛みは薄れた。
 目をつむったカリフの脳裏に白い花が映っていた。
(・・綺麗な・・花だ。・・さよなら・・つらかった日々・・。花はオレを・・見送ってくれた・・。)
 カリフの心に不思議な透明さが訪れた。
 夜が明けてこようとしていた。
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