2008.07.25 Friday
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バース・ミッション<ファイナル・ハート続編> *2007.7.25〜9.15*
〜絶望こそが生まれた理由(わけ)。 そしてそれが使命(バース・ミッション)だった。〜 2007.09.01 Saturday
カリフの店は繁盛し、注文が増えた。人をひとり雇うしかなかった。
カリフはナランを店に入れた。思った通りナランは賢く、思いがけず商才があった。 仕事は順調だった。 カリフはこのままこうして平凡に暮らしていくのも、わるくないと思っていた。 だが、ある夕暮れ。時々店に顔を見せていたサンダンが、店先でカリフを手招きした。 「仕事が終わったら話があります。エリセの店で。」 はじめに市で雇ってくれたエリセは手広く商売をしており、酒場も商っていた。 カリフが店を閉めて酒場に向かうと、サンダンとルカノと知らない男がエリセの酒場の一隅で待っていた。 「ナランはよくやってるようだ。店は順調そうだ。」 サンダンは笑顔を向けた。 カリフも笑顔を返し、席につくとさっそく水を向けた。 「どうしたんですか?」 「カリフ。やはりあなたに公邸に来ていただきたい。」 カリフが言葉を発しようとするのを制してサンダンはカリフをじっと見つめた。 「あなたは行きずりのわたしのいのちを案じてしんぼう強く面倒なことをやってのけてくださった。そんな人間がどこにいますか?あなたの人柄で商売もうまくいっている。だが、商売が出来る人間なら山ほどいる。でも、あなたのような人間はそうはいない。そして、あなたのような人間が公の仕事をするべきだ。」 カリフはサンダンが決意を固めてここに来ているのを感じた。まずはそれを受け入れた。 「なぜそこまでおっしゃるのか、お話をうかがいます。」 飲み込みの早いカリフに満足そうにうなずくとサンダンはもうひとりの男の方を向いた。 男がうなずいて手を伸ばした。 カリフはその手を取ってうなずいた。 「ナキナイといいます。公邸でマキナの代から次官を務めています。サンダンとともにマキナを告発しようとしてノイエに追われ一時身を隠していました。サンダンとルカノにすべて聞きました。市民に選ばれた今度の首長は汚職は断じてしない人だ。このことに関しては信頼している。それはいいのだが、あまり進歩的ではない。真面目なことはいいことだが、これでは発展もない。今までの会議でそれを痛感してきた。わたしは新しい風を起こしたいのです。きみはゴドワナに来て3年経った。ゴドワナの仕事をするのに充分資格がある。議員補としてきみを推薦したい。カリフ。きみの機転と勇気としんぼう強さがわがゴドワナの未来に欲しいのです。考えてみてくれないだろうか?」 カリフは一言も発さず考え込んだ。 イーラウが窓に向かって自分に問うている姿が蘇った。 「・・。」 答えることを忘れて自分の内側に集中した。 様々な自分が現われる。 それらをすばやくしかもしっかりと観ながら、その奥に集中した。 祭りの時の人々の姿が映った。あの時、ここに根を下ろそうと思った。 薬草茶を商いながら、人々のあらゆる痛みをじっくりと聞いた。その時の顔、顔、顔、が浮かんだ。 「カリフ。」 声をかけようとしたサンダンをナキナイが止めた。 顔を上げた。 「わたしで役に立つのでしょうか?」 3人は大きくうなずいた。 カリフは決断した。 瞬時に晴れやかな笑顔を浮かべると、ナキナイとサンダンとルカノに握手した。 決断した後のカリフの行動は素早かった。 ナランに仕事を叩き込むと、惜し気なく店をゆずった。 「困ったことがあったらいつでも相談に来るんだ。」 16歳で店が持てるのは恵まれていた。ナランの顔は輝いた。 「一生懸命やります!」 カリフはサンダンに借りたままの小さな家から公邸に通った。サンダンはもっといい家を勧めたが、カリフが辞退することも分かっていた。 2007.09.02 Sunday
ナコマと初めて真近に会ったのはナキナイに連れられてゴドワナの公邸に公僕として初めて出邸した時だった。
ナキナイはナコマにカリフがマキナの件にかかわったことを紹介して、議員を補佐する議員補としての出邸の承諾を得ていた。 ナコマは小柄で無垢な瞳をした確かに真面目そうな男だった。 ナコマになってから初めに着手したのはやはり市のことだった。 今まで首長に大きな権限があり、市にも深くかかわっていたものを、独立して市司を置くことにした。 その選び方も幾重にも抽選と選挙を繰り返して選び抜き、任期も3年のみと定められた不正の出来ない方法をとった。 マキナの名はただ汚職で辞めさせられた首長としてだけ記録に汚名を残した。それは後世への大きな戒めとなった。 市のことが片づき、最近になって議題にのぼったのは学問所のことだった。 ゴドワナには昔から民間信仰があり、そのことを学問所でも教えていた。それに異を唱えたのはナキナイだった。 「どういう信仰なのですか?」 カリフはナキナイに問うた。 「聞いたことがあるだろう?救世主信仰だよ。ゴドワナにワナ・マムが現れて民を豊かにしひとりひとりに平安をくれるという。」 「ワナ・マムとはマキナが呼ばれていた・・。」 「そう。マキナは自分でもそう思い込んでいたところがあった。だが、ほんとうの救世主が私腹を肥やしたりするかね?」 「・・。」 「わたしは救世主など信じない。いや、たとえ救世主が現れようとそれだけに頼る人間ではいたくない。だが、昔からの言い伝えとして学問所ではそれを子どもたちに教えている。それをきみはどう思う?」 「ナキナイの言いたいことはわかります。マキナが誘惑に負けたのもそういった一因があったのですね。子どもたちにはマキナが救世主ではなく、人として懺悔したことの方が学びは大きいでしょう。」 会議ではだが、ワナ・マムのことを学問所で教えるのはやめようというナキナイの意見を笑い飛ばすものもいた。 「言い伝えだ。何も四角四面にとることはない。楽しい話じゃないか。学問所は楽しくなければ。」 「人生に希望を持つにはそれはあった方がいい。マキナがそうでなかったというだけではないか。ゴドワナの大事な文化だ。それは子どもたちに受け継がれるべきものだ。」 ナキナイは食い下がった。 「わたしたちは学んだ。ひとをワナ・マムと呼び祭り上げることでその人物が逆に地に落ちることを。わたしは何もワナ・マム伝説を否定しようというんじゃない。だが、それを学問所で教えるのはどうかという話だ。マキナのためにもせっかくの学びを少しでも生かそうじゃないか。」 「ナキナイ。おまえはマキナの頃から何かと目立ちたがるな。」 サンコスからやじが飛んだ。 首長は何も言わなかった。 カリフは末席にいたが、静かに手を上げた。 議長が気がついてカリフの名を呼んだ。 「わたしは流れてきてここに根をはろうとしている者です。でも根っからのゴドワナの民ではないから言えることもあると思うのです。ナンタラで400年続いた戦さがあったことをご存じの方はいらっしゃいますか?」 20人ほどの議員の6割ほどが手を上げた。 「その戦さを終わりにした人物のひとりというのは例えば救世主というのでしょうか?」 「イーラウのことだな?彼は英雄だ。」 「いってみればナンタラの救世主だな。」 カリフは続けた。 「イーラウは自分が英雄でも救世主でもないことをよく知っていました。そして、言っていました。自分の中に光ばかり見るなら自分の闇を外に探し、外に敵を作り出すだろうと。ではもしも自分の中に闇を見て、それを自らが変わる糧とせずに絶望ばかりするとしたら、自分の中の光はいったいどこへ行ってしまうのでしょう?」 議員たちは一瞬考え込んだ。 カリフはひとりひとりの議員の顔を見つめながら言った。 「・・外に救世主を作り出してしまうのではないでしょうか?」 カリフは用心深く言葉を選びながら続けた。 「それでは人生は他人事になってしまう。闇は絶望するためだけにあるんじゃない。今より変わるための目印です。わたしはワナ・マムの伝承は好きです。それはゴドワナで生まれただけあっておおらかであたたかい。学問所は楽しくなければという言葉にも諸手を上げて賛成です。でもナキナイの言葉もひとの未来を感じさせてくれました。ナキナイは言いました。たとえ救世主が現れようとそれだけに頼る人間ではいたくない。」 カリフは皆が黙っているので少しばつがわるくなって頭をかいた。 「すみません。ひとりで話し過ぎています。最後にひとつだけ。わたしが思う希望とは、ひとが自分の醜さを見つめ、それを懺悔するときのうつくしさです。変わってゆくときのまぶしさです。うつくしさの中に希望があるのではなく、醜さの中にこそ希望があると思いました。だからこそマキナはリエリ裁判長のこころを動かし、ゴドワナの多くの人々に人として今も愛されているのではないでしょうか?救世主だからではなく。だからわたしはここに暮らしたいと思ったのです。」 図らずもカリフの言葉は場の空気を変えた。 ゴドワナの人々はゴドワナに誇りを覚えさせられることとなった。 会議にはおおらかな風が吹き、明るくもしんの通ったものとなった。散会する時にはカリフは何人かに肩や背を親しみをこめてたたかれた。 ナキナイは笑顔を向けてカリフを酒場に誘った。 「やはりきみは思った通りの人物だ。」 サンダンも笑った。 「この人は不思議な人だ。」 だがカリフはナキナイの誘いをなんとか笑顔で断ると、ひとり家路についた。 その時、カリフの内側では思いも寄らぬことが起きていた。 足早にカリフは家に向かった。 家が間近になるとしまいには駆け出し、階段を駆け昇って弓を掴むと、外へ飛び出した。 (助けてくれ。イーラウ。) 誠実にあろうとつむいだ言葉が、思わぬ人々の賞賛のこころを生み、それがカリフのこころを苦しめていた。 (マキナ。あなたの苦しみが今わかる。今湧き上がるこの想いはひとのこころを根こそぎ奪い取ろうとする。これを見なければだめだ。でなければわたしはだめになる。) 弓を引いた。 だが、みるみる育とうとするその思い上がりの心は強力にカリフの心を占拠しようとしていた。 (いいじゃないか。喜べばいい。わたしはたいした人物なのだ。) その声が響いてくる。 それはカリフがそれを見ようとする気持ちを逸らそうとする。 どうしても的がずれた。 苦しかった。 苦しさのあまり弓を地面に投げつけようとして、それでやっと我に返った。大きく深く息をしてかろうじて踏み留まった。 (静かに。ただ、見るんだ・・。確かにそれはあるだけだ。わたしをそれに奪われるな。) 七転八倒していたカリフは息を鎮めた。 ありありと自分の胸にそれはひとつの点として形をなした。観念した。逃げようもなくそれはある。だったらそれを抱えたまま懺悔して生きるしかない。 そのことを受け入れた時、不思議なことにそれは何かあたたかいものに融かされるように消えた。そしてそこを基点に果てしないひろがりを持ち、虚空へとつながった。 弓は放たれた。 かなたにターンという乾いた音がしてカリフのひとつの営みが山を越したことを告げた。 小さな自分へともどり、脱力感に身を任せながらカリフは笑む。 (けっして傍観者ではあり得ない。そう。いつもすべて自分のことであり、いつも渦中なのですね。・・イーラウ・・。) 2007.09.04 Tuesday
カリフは議員補としてしばらく働いたあと、そう日を置かず、選挙によって市民に正式に議員に選ばれた。
カリフの愚鈍なほどの実直さは公邸での日々の仕事に発揮された。 薬草茶を商った頃からカリフはそのしんぼう強い誠実さで老若男女を問わず信頼を得て来ていたが、議員の仕事の評判も立ってくると、本人の思惑をよそにゴドワナの娘たちの気をさらに引くようになっていた。 だが、カリフはなぜか誰とも噂を立てぬままに4年を過ごしていた。 カリフにいい寄る娘は多かったが、なかでもサンコスの娘は誰よりもカリフに執心していた。 キリは議員の父を持って幼い頃から恵まれて育ち、わがままなところのある気の強い娘だった。 キリはカリフの仕事が終わる頃を見計らい、公邸に馬車で現われて家へ送ろうとする。 休みの日には手土産を抱えて家へと押しかける。 カリフは閉口し、休みになるとニライの元に逃げ込むようになった。 ニライは相変わらずの調子でほっほっほと笑うとカリフを可笑しそうに見つめた。 「いつまでも逃げてはおれんじゃろう。だいたいおまえはどうして女から逃げる?キリに限ったことじゃない。ゴドワナ中の女から逃げる気か?」 ナランが興味深そうに話を聞いている。 「好きな人はいないの?」 カリフはナランが真面目に聞いてくるので苦笑した。 「いたが、実らなかった。」 「愛する気持ちが実りじゃ。愛したならそれは実りでなくてなんだ。その実りを糧にまた愛せばよい。世界は花で覆われておる。おまえは自分が思うよりもずっと愛すべき男なんじゃ。何を怖れておる。」 困ったような顔をするカリフが可笑しくてニライは声高々と笑った。 キリの攻勢は続いた。カリフが避けるとそれはより激しくなった。 ある晩、ナキナイからの使いに呼ばれてその店へ出向くと、そこにはナキナイではなくキリが待っていた。 「うそをついて呼び出したのか?」 カリフはため息をついた。 「こうでもしなければ会ってくれないでしょ?」 カリフは座った。 「キリ。はっきり言おう。きみとつき合う気はない。」 「そんなのうそだわ。父のことが嫌いならわたしは家を出てもいいのよ。」 「キリ。そうじゃない。わたしときみのゆく道は違うと言いたいんだ。すまない。許してくれ。」 キリは自分の想いが通らないことにぶるぶると震え出した。 カリフは席を立った。 だが、その刹那、自分の背中に焼けるように熱いものを感じた。 膝の力が抜けてくずれ落ちた。 息が出来なかった。 店の客が叫んでいた。 「刺されたぞ!」 カリフの傷はひどかった。 あとほんの少しで心の臓をかすめるところだった。 カリフはもどらない意識の中で夢を見た。 “カリフ”が笑っていた。 あの、月夜の晩のような機嫌のいい“カリフ”が、こっちを見て笑っている。 (カリフ。カリフをわたしが刺したように・・わたしも刺された。これは・・息が出来ないくらい・・痛いな。ほんとうにすまなかった。・・迎えにきてくれたのか?) だが、“カリフ”は笑顔のまま向こうへ行ってしまおうとする。 (待ってくれ!連れていってくれ!カリフ!) (・・おまえが来るのはまだ早い。役目を果たしてから来い。) (役目?) “カリフ”はうなずいて去っていった。 (カリフ!行かないでくれ!) 絶叫した。 気がついた。 ナランの顔があった。 「意識がもどった!」 その声にナキナイやサンダンやルカノ、サンコスがカリフが横たわる施薬院の一室に入ってきた。 「よかった!」 「危なかった。一昼夜目が覚めなかった。心配したぞ。」 ナキナイの笑顔をぼんやり見つめた。 サンコスは部屋の椅子に倒れこむように座って顔を覆った。 カリフは何があったのかをようやく思い出した。 「キリは?」 「今は牢獄に一時預かりで、裁判を待っている。」 「なんてことだ・・。わしの家から罪人を出すとは・・。キリ・・。」 サンコスがうめいていた。 ナキナイがうながした。 「カリフに言うことはないのか?」 サンコスは蒼い顔をして立ち上がるとカリフの寝台の横に言葉なくひざまずいた。 「・・。」 「やめてください・・。」 咳き込みながらかすれた声でカリフは言った。 2007.09.05 Wednesday
それからカリフは施薬院の床からしばらく起きあがれなかった。
傷の深さもあったが、長年の疲れも一気に出たような寝込み方だった。 ナランが毎日のように通ってきて面倒を見てくれた。 「じいちゃんが早くうちまで歩いてこいって言ってる。」 そう言ってナランはカリフを元気づけた。 カリフはニライの顔を思い浮かべて少し笑った。 だがようやく起きあがれるようになっても、寝台の上で何時間も外をただ眺めているカリフをナランは心配した。 カリフがその日も黙って窓の外を眺めていると、ニライの声がした。 ナランがニライをおぶって部屋の入り口に立っていた。 「おまえの間抜け面が見れんと面白くないわ。来てやった。」 カリフは唇をそっと笑ませた。 「どうした?」 ニライはいつものように面白そうに笑っている。 カリフはニライがいつも通りなので可笑しそうに笑った。 「いや。ちょっと疲れたんです。休んでみただけです。」 「おまえ、死にたかったのか?」 カリフは一瞬黙ったあと、灯るように笑んだ。 「よくわかりますね。」 ニライはカリフの心をはるか遠く見透かすように笑わずに言った。 「生まれた時から死にたかったんだな。・・残念だな。死にはぐった。」 カリフはそれを聞いてからだを緩ませるとニライの方に向き直った。 「どうして生かされたんでしょう?」 「役目を終えるまでは死ねん。」 カリフは瞳を見開いた。 「なぜそれを言います?」 「当たり前のことを言うたまでじゃ。」 カリフは黙った。 「おまえはひとつのひとのこころを身を持って知った。あれは愛とは言えん。だが、それもひとだ。」 カリフはうなずいた。 「キリにわたしはゆく道が違うと言った。だが、今わかるんです。キリとわたしは違わない。同じものがあった。それは孤独と恐怖から来てる。何を怖れているとあなたは言いました。生きることです。ただそこから逃げたいそういう想いです。そのことから目を逸らしなにかで埋め合わそうとした。キリはわたしだ。」 ニライはうなずきながら続けた。 「死はだれもが怖れる。だがな、自分の役目の重さをひとはほんとは知っていて、その重みに耐えかねてむしろ“死を望む”という心もある。たしかにその心と人を傷つけることは一緒じゃ。どちらもほんとうに生きることを怖れてのこと。」 ニライは笑った。 「生きることは重い。当然じゃ。感じるがいい。そりゃおまえの自由じゃ。すべて感じろ。だが、役割を終えるまでは死ねん。それもひとだ。」 ニライはカリフがじっと聞いているその横顔を見つめて笑むとさらに言った。 「だがな、面白いぞ。満たしようもないほどの孤独な生き物じゃからこそどういうわけか人を満たしたいという想いもひとの本能としてある。おまえにもある。残念じゃがな。信じなくともいい。それはおまえが望まずともおまえを生かすじゃろう。あきらめろ。」 そう言ってニライはいつものように心底可笑しそうに笑ってみせた。 カリフの肩は大きくふるえた。ニライとともに笑っていた。 それからカリフの回復は、目に見えてみるみる早くなった。 キリはカリフに怪我を負わせた罪で獄労働4年の刑に服した。 サンコスは議員を辞めると言ったが、カリフがそれを押しとどめた。 サンコスは議会でひとにやじを飛ばすようなことはなくなった。 カリフは怪我の後遺症もあって、馬車を使うようになった。 何事もなかったかのように仕事に復帰した。 仕事をしている限りは以前と全く変わらないかのようだった。 だがその実、弓を引くまでの回復にはいたっていなかった。その分をしばらくは竜笛を吹くことで補った。 その笛の音が、以前よりも力強くひろびろとひらけて響くようになったのを、人々は噂した。 笛の音がひらくのに比例して人々の中に混じってはなつ笑顔にもあかるさが増した。 カリフは精力的に仕事をこなした。 そうして議員の仕事に打ち込みながらさらに2年ほどの月日が過ぎていった。 月のきれいな晩だった。 遥かに切なく響き渡るカリフの笛の音を、月光に照らされながらたたずんで聞く人影がいた。 それは幾日か続いた。 2007.09.06 Thursday
カリフはいつものように仕事を終えて馬に鞭をふるった。
その時、馬の前に走り込んできた女がいた。 「市まで乗せな。」 女は怒鳴った。 「早く!」 カリフが答えるよりも早く女は馬車の荷台にもぐり込んだ。 ゴドワナの中心街をしばらく行ってから、カリフは女に話しかけた。 「追われてるのか?」 被っていた布を上げると女は答えた。 「いや。」 「・・。」 「こうしないとあんたはあたしを乗せなかったろ。」 「なんのまねだ。」 「あんたと話がしたかったんだ。」 「話?」 「あたしはオアカ。」 「・・。」 「肌が浅黒くない。北からきたのか?」 オアカは聞く。 「そうだ。」 市に着いた。オアカは身軽に馬車から飛び下りると、笑った。 「また。」 そう言って雑踏に消えていった。 カリフはしばしの間オアカが消えた方を見送っていたが、馬車をそのままそこに止めていつものように市で買い物をした。 パキと魚をぶら下げて家の階段を昇る。 中へ入ろうとして驚いて声を上げた。 「オアカ!」 オアカは鍋をかきまわしながらにっこり笑った。 「食べるかい?」 「なぜここにいる?」 「あんたが魚を買っている間に先に来て待ってた。もうすぐスウプが出来るよ。」 カリフはそこで突っ立ったままオアカの顔を見つめていた。 「なぜ?」 「言ったろ?あんたと話がしたかったんだ。」 「なぜ?」 重ねていぶかしげにカリフは問うた。 「話がしたいのに理由なんかいるのか?」 黒い髪をうねらせて、つややかな褐色の肌をした印象的な大きな瞳のオアカは当たり前のような顔をしてそこにいた。 「今まで見たことがない。ゴドワナの人間なのか?」 「いや。あんたと同じ流れ者さ。」 「家族は?」 「小さい頃からいない。」 「・・そうか。」 そうつぶやいて、やっとカリフは腰を降ろした。 カリフはナイフでパキを割った。 オアカが聞く。 「どうしてゴドワナへ?」 「乗った船がゴドワナ行きだった。オアカは?」 「さあ。ただなんとなくね。」 ふと、顔を見合わせた。なぜかその瞬間ふっと心の垣根がなくなった。 カリフは自分でも不思議な想いを抱いていた。オアカと初めて会った気がしなかった。 カリフとオアカはその晩語り明かした。 「生まれは?」 「ここから船で何日も行ったところにタスチフというところがある。そこからさらに何日も歩いた白銀の峯の村だ。」 「白銀?」 カリフは気づいて言った。 「雪を見たことはないのか?」 「ない。なにそれ。」 「水が凍って白い粒となって空から降ってくる。ひらひらと。きれいだ。わたしが生まれたところはとても寒い。」 「ふうん。あたしはここより南で生まれた。津波を知ってる?」 カリフは首を振った。 「海が陸へ押し寄せてくるんだ。それであたしの村は全滅した。まだ小さい頃。家族は?」 「疫病でみな死んだ。わたしも小さな頃からひとりだ。」 「ずっと?」 「いや。9年ほどはイーラウという人と暮らしていた。わたしの師だ。親とも思ってきた。イーラウが亡くなって、それで旅立った。」 カリフが自分のことを人にこんなに語ったのは生まれて初めてだった。 翌日の夕暮れ、仕事を終えて帰るカリフは不思議な想いにとらわれていた。 (夕べは夢を見たんじゃないのか?) だが、オアカはそこにいた。 次の日もその次の日も、オアカはカリフの帰りを待っていた。 オアカはカリフが竜笛を吹くことを望んだ。 「あんたの竜笛にはたましいがある。あたしはずっと聞いてたんだ。」 オアカは笑った。 カリフは竜笛をはずした。 「ずっと?」 オアカはうなずいた。 「南から歩いてきてゴドワナに着いた。月のきれいな晩だった。竜笛の音に引かれてここまできた。この家の下でずっと聞いてた。朝になって近所で聞いたんだ。誰が住んでいるんだ?って。」 カリフの目は優しく澄んだ。 「この笛が好きか?」 「ああ。なんだか泣きたくなるね。」 カリフは竜笛の希望に満ちた切なさを愛していた。 オアカが泣きたくなるというのがよく分かった。自分もそうだ。だからカリフは竜笛を吹く。 イリュともフェドとも似ていない。 だがオアカはカリフの持つ切なさと、同じものを持って流れてきたカリフのたましいの片われだった。 「オアカ!」 カリフが呼ぶとオアカは子供のような笑顔を浮かべて岩影から顔を出した。 「あったよ!」 オアカが掲げてみせたのは磯の香りのする鮮やかな緑の海草だった。 「これが旨いのか?」 「そうさ。あたしのいたところではこれをスウプにして飲めば風邪も引かないと言われてた。ゴドワナではあまり食べないんだね?」 「そうだな。はじめてだ。だけど、いい香りだ。」 オアカはうれしそうに笑った。 「ゴドワナの海岸線にはあまりないからだね。」 「なんというんだ?」 「ケルパ。海の神のひれと呼ばれてる。今夜食べよう。」 ふたりはどちらからともなく岩に座り、並んで海を眺めた。 黙り込んだカリフを見て、オアカは聞いた。 「何を考えてる?」 「海を見ると思い出す風景がある。」 「どんな?」 「美しい黄色い花が一面に咲く小さな島だ。」 「暮らしてたんだ。イーラウと。」 カリフはうなずいた。 「黄ランドウを知ってるか?」 オアカは首を振った。 「小さな花だ。だが、一面に咲いていると、夢のような景色だ。そこでイーラウはわたしのすべてを受け止めてくれた。いつかオアカにも見せてやりたい。」 「何があったんだ?」 いきなりオアカはそう言ってカリフを見つめた。 カリフはそのオアカの思いがけない真直ぐな瞳の奥の方にある切ないほどの何かに打たれた。イーラウ以外に口にすることのなかったことを思わず洩らした。 「・・わたしは子供の頃、人を殺したことがあるんだ。」 オアカは何も動じなかった。ただ真直ぐカリフだけを見つめていた。 カリフは肩の力を抜き、つぶやいた。 「イーラウ以外、こんな風に人に言ったことはなかった。」 オアカは言った。 「あたしになら何を言ったっていい。ケルパに誓ってあたしはあんたの魂を信じる。過去に何があろうと、あんたはその笛でこれから人を救うんだ。その笛の音の色が出来上がるには、あんたの今までのすべてはなくてはならないものだったんだ。」 「そう思うのか?」 「救われた者が言うんだからまちがいない。」 オアカはゆるぎない瞳でうなずき、美しい笑顔を浮かべた。その笑顔は夕陽に照り映えて、黄金色に光り輝いていた。 家があり、その家でオアカが待っている。 語りながら夕食をともにする。話は尽きない。 そんなささやかなことが、カリフの心の奥底の、渇いていたところに急速に沁み渡っていった。 褐色の肌はうつくしく、黒い瞳は表情豊かにくるくる動く。 家族のいない今までを過ごしてきたのに、オアカは明るかった。それがカリフはまぶしかった。 そしてケルパに誓って自分の魂を信じてくれた。そのことでカリフの魂はふくらみを持ち、芯深くからあたためられていた。 「オアカ、一緒になろう。」 その晩、カリフはオアカを抱き寄せた。 生まれて以来埋めることの出来なかった空洞をようやく満たすような温もりを腕の中に感じていた。 2007.09.07 Friday
だが、満ち足りた眠りはいきなり破られた。
「この野郎、殺すぞ!」 眠っていたカリフをいきなりいかつい男が殴った。 「オアカ!」 カリフはオアカを守ろうとして飛び起きた。 その時男は前のめりに崩れた。 オアカが鍋で男の頭を打っていた。 だが一瞬気を失いかけた男はすぐに頭を振って、怒りの鉾先を変えるとオアカを殴り飛ばした。 「このあま!」 オアカは運悪く柱で頭を思い切り打ち、細い声を上げた。 オアカは頭から一筋血を流してうめいた。 「ちっ。」 男はふらつきながら家を出て行った。 カリフは殴られた頭をおさえてよろめきながらオアカのそばへと寄った。 「オアカ・・。だいじょうぶか・・。」 オアカは瞳から涙をこぼした。 「・・あたしは・・死ぬのかな・・?」 「だいじょうぶだ。死にやしない。しっかりしろ。」 オアカは泣きながら言った。 「南で・・あの人と暮らしてたんだ。だけど逃げた。ごめんよ。あんたにまで。」 「・・オアカ。もののように扱われる相手といるのはよせ。わたしと暮らそう。」 オアカは泣き笑いしながら言った。 「・・あんたの竜笛を聞いて、生き直そうと思ったんだ。あんたのばかみたくまっすぐなとこ・・大好きだ・・。・・目が・・見えないよ・・カリフ・・もっと早く・・会いたかった・・。雪が・・見たかった・・。」 カリフはオアカを抱き締めた。 心の奥底から身を切られるような泣き声を上げた。 オアカを殺した男は捕まらなかった。 誰も見た者がいない以上、カリフは疑われた。 カリフはオアカを失った上に自分が殺したと疑われるという二重のつらさも味わうことになった。 カリフをよく知る者は信じてくれたが、議員であるだけに裁判は注目された。 裁判所は街中の人であふれた。 リエリは沈痛な面持ちでカリフと向き合った。 「この事件は証言する者がカリフしかいない。あまりにも材料が少なすぎる・・。だがカリフが殺したという証拠もない。人が裁ける限界というものがある。それを認めるのも法だろう・・よって無罪。」 人々は息を飲んだ。 リエリは人々に言った。 「カリフの証言通りならカリフの心痛はいかばかりか・・。こんな裁判を受けることは悲痛なことだ。そのことを慮ってほしい。」 リエリは変わった。誰もがそう思った。 カリフはリエリの真心によって、二重の苦しみからは救われることになった。 だがオアカを弔い、裁判が終わるとカリフはゴドワナの海岸で立ち尽くした。 この世界のどこにも行き場がなくなってしまった気がした。 (なんのために今まで生きて来たんだ。なんのために。オアカと出会うためか?そしてこんな想いをするためか?絶望するためか?もう二度と人を愛したくなんかない・・。手にしようとするとこの手の指の間から、すべてこぼれ落ちてゆく。) 砂浜に座り込んで2日経った。 憔悴したカリフの目の前を小さな蟹が横切っていく。 海鳥が高く、一声鳴いた。 顔を上げた。 (失うものなど何もない。しがみつくな。何ひとつ。君がほんとうに必要なものはいつもすべて君とともにある。) (イーラウ?) (愛する気持ちが実りじゃ。愛したならそれは実りでなくてなんだ。) (ニライ・・。) (見上げればみんな花だ。) (こんな苦しみすら?) (すべての感情はただ、味わいつくせ。感情にはよいもわるいもない。それを人や自分や何かを責める道具にせず、ただ単に目をそらさず味わい尽くすなら、それは昇華してくれる。さすれば感情の通り過ぎた胸には清々しい風穴が開くだろう。) (イーラウ・・。) カリフは絶望を味わったまま立ち上がった。 そのままにしていた家にもどると、弓と竜笛を手にして歩き出した。 市を抜けようとしてエリセが声をかけた。 エリセは屋台から栄養価の高いザザの実の袋をひと袋つかむとカリフに手渡した。 「だいじょうぶか?食え。」 その袋の重みからエリセの情を感じとるとカリフはそっと笑んだ。 (わたしはまだ、人の情に笑って答えられるのか・・?・・いや・・これはただの習慣だ。ほんとじゃない。) サンダンの家に足を向けた。 サンダンにさよならを告げた。 「世話になりました。オアカと出会ったこの街にいることは今のわたしにはつらすぎます。この街を去ります。ナキナイにもよろしく言ってください。」 「カリフ!」 サンダンは叫んだが、カリフを引き留めることは出来なかった。 ニライの小屋の入り口に立った。 ニライは待っていたように声をかけた。 「行くのか?」 「ええ。」 「わしはこの通り歩けん。だが、おまえとともに歩いておるぞ。」 ニライはいつもの明るい声を出した。 だが、その瞳の奥に切ないものが光っているのをカリフは見た。 カリフはニライを抱き締めた。 ナランも泣いた。 「またもどって来てくれるね?」 カリフは答えずにそっとうなずきナランの方を見て勇気をふるって微笑んだ。 2007.09.08 Saturday
深い喪失感、オアカを助けることが出来なかった自分を責める気持ち、運命を恨む想い、底知れぬ哀しみ、虚脱感、そのすべてとともにカリフは歩き出した。
ゴドワナの海岸線を、さらに南下していった。 何日歩いたろう。 波の打ち寄せる音の響く、断崖の上へとやって来た。いくら歩いても虚無感は晴れなかった。 無意識に死に場所を探していた。 波が崖に砕け、地の底から低く響くような音に、知らず知らず誘われそこに来た。 弓すら肩に重かった。それを地面に降ろそうとした時、カリフはあっと小さく叫んだ。 まさに今、崖から人が飛んだ。 カリフは弓を放ってあわてて崖の縁に走り寄った。 一瞬波間に人の頭が見え隠れした。 だがそれはすぐに消えた。 周囲を見回すが誰ひとりいない。 考えることを跳躍してカリフは崖を蹴って飛んだ。 波の中で人の姿を追った。どこにも見つからない。 深く息を吸うと一気に垂直に潜水した。 表面の波の激しさとうって変わって、潜れば潜るほど波のうねりはゆるやかになった。 (いた!) 10フィードほどの海底に、白髪混じりの女が沈んでいた。 素早く女のそばにゆき、女の腕を自分の肩に廻した。 海底を蹴って水面を目指す。 無我夢中で浮上すると、息を吐いた。 波が打ちつける断崖は下から見ると起伏があり、奥まったところにはひとが上がれそうな岩があって、その奥は洞くつになっていた。 カリフは全身全霊でその岩まで泳ぎつき、女を引き揚げてそこに倒れこんだ。 ここしばらくろくに食べていなかったカリフは、糸が切れるようにそこで気絶した。 気がつけば陽は暮れていた。 波の音はさっきよりも静かに穏やかになっていた。洞くつにいた。 「気がついたかい?」 白髪混じりの女がこっちを見た。 カリフは頭をおさえながらゆっくりと起き上がった。 「・・随分意識を失っていたようだ・・。」 「あんた、あたしを助け上げたね。」 カリフは少し朦朧とする頭でうなずいた。 「そうかもしれない・・。」 「よけいなことを。」 カリフは女を見た。 しわをたたんだ初老の女は、怒っているのか哀しんでいるのかどっちともとれない、表情の乏しい顔を向けていた。 「やっぱり、飛び込んだんだな。」 「ああ。死にたいものは死なせてくれるのがほんとのやさしさだよ。」 「わたしはそうは思わない。」 思わずそう言ってカリフは自分の言葉に驚いた。 「いや。ほんとはなんで助けに飛び込んだのか自分でもよくわからない・・。」 「・・おかげで死にぞこなっちまった。目が醒めたら青い顔の死にぞこないが横にいるじゃないか。」 カリフはくっくっくっくっと笑った。 「ほんとだ。」 女の方を振り向いて言った。 「どうして飛び込んだんだ?」 「・・聞くかい?」 「死にぞこない同志だ。聞かせてくれ。」 「息子が死んだんだ。」 カリフは濡れた髪をかきあげながら女の話に聞き入った。 「あたしの息子は船乗りだった。嵐にあって船が漂流した。何日も消息が分からなかった。やっと船が見つかった時、息子だけが助かっていた。あたしはうれしかった。他のみんなには悪かったけど、息子だけは助かってほしかったんだ。だけど、せっかく助かった息子は死んじまった。」 「どういうことだ?」 「他の死んだ船乗りの肉を食べて生き残ったんだ。」 そう言ったとたん堰を切ったように女はわあわあ泣いた。 カリフは言葉を失った。 「・・耐え切れなくてせっかく生き残った息子は自分で死んだ。あたしも耐え切れなくて死のうとした。言ったろう?よけいなことだ。生かされる方がつらいことだってある。」 しばらく女が泣くのをただ受け止めるしかなかった。 「それでも死ぬな。」 女の泣き声が静かになってきた頃、カリフのつぶやきが洞くつに響いた。 抗議するように女の泣き声は高くなった。 「それでも死ぬな。」 カリフの目からは涙がとめどなく流れ落ちた。 無茶な言い分だと自分でもわかっていた。それでもそれしかカリフは口に出来なかった。 「わたしはここに死にに来た。だけどあなたにこう言うしかないんだ。死ぬなって。理屈なんかじゃない。あなたに死なれるとわたしはただつらい。」 女は泣き疲れたようにおとなしくなった。 「あんたも死にに来た?」 「たぶん。そうだ。」 「何があった?」 「愛した人に死なれた。」 「そうなのかい?」 カリフは自分の膝に顔を埋めた。 女の哀しみと自分の哀しみが入り混じって、嗚咽した。 遠巻きにしていた女はおずおずとカリフのそばに寄った。そしてためらいがちに背中に触れ、そっとさすった。 哀しみ合うだけだった。 ただ、それだけの時が過ぎた。 「うちへおいで。そんなに青い顔をしていたらそれこそ死んじまう。」 カリフはルマの家へと連れていかれた。 ルマは火を起こし、湯を焚いた。 カリフに自分の息子の服を与え、スウプを作った。 そうしているうちにルマの頬には生気が蘇って来た。 カリフは何日かぶりにぐっすりと眠りこんだ。 朝が来て食べ物のにおいで目を覚ました。 「目が覚めたかい?」 誰だか一瞬わからなかった。 ルマが夕べとはうって変わって柔らかい表情を見せていた。 「名前は?」 「カリフ。」 「ルマ!ルマ!」 女の声がした。 「エダ。どうしたんだい。」 「どうしたじゃないよ。パクティがルマが思いつめた顔をしていたというから、身でも投げやしないかと思って心配して見に来たんじゃないか。」 エダはカリフを見て声をひそめた。 「誰だい?」 「身を投げたらこのカリフに助けられた。」 「ルマ!」 エダが悲鳴のような声を上げるのをルマは穏やかに抑えた。 「悪かった。心配させて。もうしない。これからカリフの朝食だ。カリフがいるから妙なマネはしないよ。」 エダは振り返りながら帰っていった。 「・・いい顔になった。」 カリフはルマにつぶやいた。 「あんたもだ。やつれ切った顔が一晩ぐっすり寝て男前になった。」 カリフは苦笑した。 ルマと朝食をともにした。 「不思議だね。あんたのあれは効いたよ。」 「?」 「あたしが死ぬと理屈じゃなくつらいと言ったろ。」 カリフは黙って小さくうなずいた。 「あたしはなぜか理屈じゃなくあんたにつらい想いはさせたくないと思ったさ。あんたはあたしよりも悲愴な顔をしてたからね。こんなあたしがあんたを慰めるしかないと思った。ばかだね。この哀しみなんておそらく一生癒されやしないさ。だけどあんたに抱いた想いはあたしに生きる力を思い出させた。」 「そうか・・。」 カリフはルマの言葉に感慨を覚えていた。 久しぶりに覚える空腹に笑顔を見せた。 「いいにおいだ。これはなに?」 ルマがテーブルの向こうで物言いたげな瞳でカリフを見つめた。 「?」 「ひとを気にかけ、世話をするってことが、こんなにもひとを救うんだね。」 カリフは万感の想いでルマを見た。 ニライの言葉がよみがえった。 (満たしようもないほどの孤独な生き物じゃからこそどういうわけか人を満たしたいという想いもひとの本能としてある。) 手を伸ばしてルマの手を取った。 「・・だから生きてくれ。わたしのようにルマに救われるひとのために。」 ルマはうなずいた。そしてカリフに言った。 「約束しておくれ。あんたもそうすると。」 カリフの頬に作り物でない微笑が生まれた。そしてゆっくりと深くうなずいた。 2007.09.09 Sunday
カリフは海岸に立った。
哀しみ尽くした胸に風がさやさやと通っている。 (帰ろう。北へ。これだけのことを感じ尽くすためにここまで来たんだ。そうだろう?) 天を仰いでイーラウに向かって微笑んだ。 (イーラウの言った通りだ。感情にいいもわるいもない。感じ尽くし、受け入れてゆくよ。そうすればこの胸に風穴はあく。) [手放すならそれは旅立つ。・・哀しみも怒りも絶望も、たったひとりが昇華するときそれに連なる世界も昇華される。ひとりは世界の絶望と希望を背負っている。] イーラウの言葉にうなずいた。 タスチフを目指す船を探した。 ルマの往ってしまった息子の服を着て、北へ帰る船に乗り込んだ。 ルマは見送らなかった。 「さよならは言わない。あんたとあたしはたましいで出会ったんだ。たましいには別れなどないさ。」 ルマが生き返ったしるしのなによりのカリフへのはなむけの言葉だった。 カリフはたましいでゴドワナの人々に語りかけた。 (ニライ。ナラン。サンダン。ナキナイ。ルカノ。マキナ。ノイエ。リエリ。キリ。サンコス。エリセ。・・そして・・オアカ。たましいで出会ったなら別れなどないな・・。さよならは言わない。) カリフは船で竜笛を吹いた。 竜笛の響きは深みを増し、長い船旅の間中、カリフの周りに人垣を作った。 カリフは笑い、人と語った。 星の下で、オアカと語った。 (過去に何があろうと、あんたはその笛でこれから人を救うんだ。その笛の音の色が出来上がるには、あんたの今までのすべてはなくてはならないものだったんだ。) (オアカ・・。) 7年ぶりにタスチフの地を踏んだ。 施薬院では相変わらずベクやロカが人々の中で忙しく立ち働いている。 カリフがここに来たずっとその前から変わらぬ光景がここにはあった。 流れつづけるカリフにとってここは北天の一隅に動くことなく輝きつづける星のようにまぶしかった。 ベクやロカが働いているのを入り口にたたずんでじっと見つめた。 傷ついた者、病んだ者、死の近い者、生まれたての赤子、それらがここに一時やってきて癒され、そして旅立ち、帰っていく。 細胞が震えるような不思議な感覚を覚えていた。それは感動、と呼べるものかもしれなかった。 「カリフ!」 大人になったロカがこっちに気づいて笑った。 笑い返した。 「カリフでしょ!お帰りなさい!元気だった?」 うなずく。 ロカはすぐに微妙な皮膚感覚でカリフの瞳の光と影の濃さに気づいた。だがそれは言葉にすることは出来なかった。ただせいいっぱい笑顔を向けた。 「しばらくはいるの?」 「そうだな。」 カリフは施薬院の小さな物置き小屋に寝起きした。 ベクやロカの手伝いをした。 そうして幾月か経った頃のある日の午後だった。 ロカは自分の服を脱いで洗うカリフの背中を見た。今までになかった増えた傷跡を見た。 ベクに告げた。 「かなりの傷を負っているわ。あれでよく平気な顔をしている・・。元々カリフは傷だらけでここへ来たのに。父さん、だいじょうぶかしら・・。」 ベクはカリフを手招きすると服を脱がせた。 「ナンタラで殴られた時に言ったはずだ。けして無茶をするなと。おまえはまるで死に急ぐようだ。」 「そうかな?わたしはずいぶん、生きて味わう感動も知ったさ。それも、全部この傷あってのことだ・・。死に急いでいるわけじゃない。」 そう言って笑顔を見せた。 ベクはカリフの内臓を触診し、黙った。 薬を出し、一言だけ言った。 「とにかく、無理はするな。」 カリフは施薬院で竜笛を吹くことが多くなった。せがまれればいくらでも吹いた。 からだの痛みを抱える者はそのひととき痛みを忘れた。 死の近い者はその音に安らぎと救いを感じた。言うことを聞かないこどもがおとなしくなり、耳を澄ませた。 「薬以上に効くな。こっちはお払い箱だ。」 ベクがおどけた。 ロカがつぶやいた。 「カリフはまた旅立つわ。こんな音では・・。いつか旅立ってしまう・・。」 ベクはロカの肩を抱いた。 「そういう星の元に生まれた男だ。わたしたちだけのカリフではないんだ。あいつを引き止めることはできない。その時が来たら送り出してやれるね?」 ロカはけなげにこらえながらうなずいた。 星は巡り、5年の歳月が流れた。見送られないよう、夜明け前に施薬院の門を出た。 カリフは一度振り返って深く礼をすると、それから振り向かなかった。 マントを羽織った。 奥深くからの内なる声のする方へと再び歩み出した。 2007.09.10 Monday
「あんたのそれは笛かい?」
カリフは声をかけてきた初老の女に、お茶を飲んでいた顔を上げた。 「竜笛だ。」 そう言ってやわらかく微笑んだ。 女は目を輝かせてカリフの前に座った。 「これがそうかい。ちょっとうちに来て吹いてくれないかい?。うちの人が寝込んでいるんだが、昔聞いた竜笛の話をするんだ。聞かせてやっておくれな。」 カリフはうなずいた。 北へ向かおうとしていた。 自分のルーツへとようやく足を向けることができるくらいカリフのこころの筋肉は37年ほどの歳月を経てしなやかについてきていた。 それはエローたちと出会った峠を超えようとするその麓の茶店でのことだった。 女は茶店で働く若い娘に声をかけると、裏の小さな小屋へと案内した。 「あんた、竜笛を吹く人が来てくれたよ。」 白髪が混じった痩せこけた男は、寝台の上で壁を向いて横たわっていた。 セトを思い出した。 カリフは傍らに腰をかけると、竜笛に静かに唇をつけ、そして一気に息を吹き込んだ。 小屋は黄ランドウの原となり、笛は風を受けて走る舟となり、竜は大海を山脈を駆け巡った。 時は止まり、永遠が浮上し、太陽が灯り、星が輝いた。 カリフは吹き終わることを忘れた。 竜が天に昇るまでそれは吹かれ続けた。 ようやく目を開いたカリフの前に、男の見開かれた瞳があった。その瞳からは流れ落ちる一筋の透き通ったものがあった。 カリフは不思議な感覚を覚えていた。 「どこかで・・会ったことがありますか?」 「・・おまえは・・。」 「カリフです。」 男は目を閉じてさらに泣いた。 「どうしたんだい?ソン。」 カリフは女が口にした名に思わず立ち上がった。 「ソン!」 しばらくソンは言葉を出せずにいた。 カリフは力が抜けたように椅子に再び腰を降ろした。女に語りかけた。 「あなたは?」 「サジ。ソンを知ってるのかい?」 「いのちの恩人です。」 茶店の娘が扉を開けて入ってきた。 「いい笛の音が聞こえたわ。お茶をどうぞ。」 そう言って店にもどっていった。 「娘さんですか?」 「このひとが連れてた娘でね。」 「もう長く一緒に?」 「そうさね。25年くらいになるかね。」 ソンの方を向いて尋ねた。 「エローは?」 「デズに殺された。」 「コギやデズやアドは?」 「コギとデズは仲間割れして死んだ。アドは去った。行方は分からない。」 カリフははっと気がついた。 「もしかして、あの子は?」 ソンはうなずいた。 「ああ・・。」 カリフは顔をおおった。 「生きていたのか・・。」 震えがきた。 自分が殺したかもしれないいのちが、生きて成長していた。 「助けてくれたのか。ありがとう!」 そう言ってカリフはソンの手をにぎった。 夕食をともにした。 ソンは娘を紹介した。 「カリだ。」 「カリ?」 「お前のカリフからとった。」 「峠は今は山賊はいないのか?」 「いや・・。いつだってそういうやつはいる。だが、オレはお前とサジに救われた。」 カリフは驚いた。 「わたしがソンに救われたんだ。」 「いのちもそうだが、さらに救われなければならないものもある。・・たましいだ。オレはあの頃、生きながら死んでいた。今は死んでいこうとしているが、たましいは蘇った。お前はほんとうのオレを思い出させたんだ。」 カリフは衝撃に打たれてつぶやいた。 「だったらカリフのおかげだ。わたしが殺したカリフがいたからソンはその鎖から逃れることができたんだ。そうだろう?」 「カリフは人を殺したことがあるの?」 カリが心細気に聞いた。 ソンが答えた。 「人を殺しもし、生かしもするのが人だ。あの時の子どもがあんな竜笛の吹き手になって死の床のオレの元で吹いてくれるとは。オレは極道者だが、あの時の行ないは最後に祝われた。」 カリフはカリがしあわせに育ったあたたかい目をしていることに奇跡を味わうような喜びを覚えた。 ソンの小屋で横になった。 家族になって寄り添って暮らしている3人の寝息を聞きながら、カリフは眠れなかった。 たとえようのない感情を覚えていた。 (イーラウ。わたしはあの頃こんな日が来るなんて思ってもいなかった。いったいなにに感謝すればいいんだ。) イーラウならこう答えるだろうと思った。 (たとえこんな日が来なくとも、感謝するに価するのが人生だ。) (そうだ。そうだな。生きてここにいること。今日のこの日がなければ、味わうことができない数々の感情がある。こう言おう。ありがとう。すべてに。) 2007.09.11 Tuesday
翌日、カリフはソンとサジとカリに見送られて茶店を出た。
ソンは言った。 「どんなやつがいるかわからない。気をつけろ。陽が暮れて山で過ごすな。」 うなずいてカリフはソンに笑顔を贈った。 「また会おう!」 遠い日の記憶に残る山道は、今辿ると思ったよりも細く、峠は案外近かった。 (あの頃は子どもだった。果てしなく思えた道もこうだったのか。) ソン達と過ごしたのはどこだったのかはわからなかった。 その時だった。 茂みの陰から10歳くらいの少年がカリフの目の前に急に飛び出してきた。 カリフは一瞬子どもの頃の自分が現われたように錯覚した。 「助けて!父さんが!」 「どうした?」 少年に導かれた茂みの奥には足に傷を負って座り込む男がいた。 「どうしたんだ?だいじょうぶか?」 「山賊にやられた。いのちからがら逃げた。」 「いのちが無事でよかった。」 足には布がまかれ、血がにじんでいた。 「こいつが手当てしてくれた。」 少年のあたまに手を置いた。 「オレはヤンドウ。こいつはリキだ。」 「カリフだ。歩けないのか?」 ヤンドウはうなずいた。 「父さんは心臓も悪いんだ。」 「だが、このまま山にいるのは危ない。わたしがおぶって山を降りよう。」 「そうしてくれるかい?」 リキはうれしそうな顔をしてそう言った。 「こっちなら降りたところに茶店がある。」 カリフはそう言ってリキに自分が背負っていた弓を渡し、ヤンドウを背負って来た道を引き返し始めた。 「今山にいる山賊はどういうやつだ?」 「雲つくような大男だったよ。危なかった。」 「よく逃げられたな。」 「オレが目に石をぶつけてやったんだ。」 カリフはうれしそうに得々としゃべるリキの方を見てふっと笑った。 道の向こうに麓の村が見えて来た。 「もう、すぐだ。」 そう言ってカリフはほっと息をもらした。 その時だった。 背負われたヤンドウがまわした腕でいきなりカリフの首を締めてきた。 「!」 カリフはとっさにヤンドウを振り落とした。 「ちっ!」 落とされたヤンドウはあろうことかすっくと立ち上がり、腰に差していた短刀を抜いた。 ぎらぎらした目をしてすきのない動きでカリフに今にも襲いかかろうという態勢をとっている。 カリフは横目でリキを見た。 リキも小獣のような目でカリフの弓を手にとって矢をつがえようとしている。 「芝居か。お前らが山賊か。」 ヤンドウは喧嘩慣れした様子を見せていたが、カリフも数々の修羅場慣れしてきていた。 ヤンドウが動いたその瞬間に、素早くヤンドウの後ろに廻り込んで腕を捻って押さえ込んだ。ゲダイの技が役に立った。 「父さん!」 「リキ。父さんの腕をへし折られたくなかったらおとなしく言うことをきけ。」 「いててて!痛い!」 ヤンドウは持っていた短刀を落とした。 カリフはそれを拾うと口にくわえ、自分の腰帯を抜くと、それでヤンドウを縛り上げた。 「父さん!」 リキはカリフの弓をおぼつかない手つきで引こうとしていたが、無理な話だった。 「弓を持ったままついて来い。じきに麓だ。」 リキは眉間にしわを寄せてくやし涙を流しながらカリフとヤンドウの後ろをついて来た。 サジが目を丸くしてこっちを見た。 「どうしたんだ。」 カリフは小声でサジだけに聞こえるように告げた。 「山賊だ。ちょっと小屋に入れてもらってもいいか?」 「ああ。構わない。あたしも後から行くよ。」 「ソン。すまない。ちょっといいか。」 カリフはヤンドウを椅子に座らせると、ソンに声をかけた。 「どうした?」 ソンは寝返りを打った。 「山賊だ。襲われた。」 「そっちの小さいのもか?」 「ああ。親子だ。」 カリフはヤンドウの方を向いて言った。 「人を殺したか?」 ヤンドウは答えなかった。 「・・わたしはこどもの頃、リキと同じように人をだますことをしていた。そしてソンとわたしはあの峠で山賊だった。だが山賊がいやになって逃げようとして、殺されるところをソンに助けられた。ソンはもう足を洗ってサジのだんなになった。」 カリフはそこでため息をついてソンに話を向けた。 「何か言ってやってくれ。」 「・・・。」 くっくっくっくと笑う声がした。 ヤンドウだった。 「ばかばかしい。突き出すならさっさと突き出せ。牢獄ならむしろおまんまには困らねえ。」 「おまえはよくても子どもはどうする。」 ソンが言うとヤンドウは黙った。 「ソン・・。ひとはいつも同じことを繰り返すのか?ひとりが救われてもこうしていつもいつもだれかしらが救われていないならきりがない。いったいなんのためにわたしたちの苦しみはあるんだ。」 「・・ひとりひとりの時間はちがう。死んでも変わらないものもいる。その時が来ないとわからない。・・しんぼうしろ。そして・・あきらめるな。」 「ソン・・。」 ソンはカリフの目をじっと見つめて一語一語かみしめるように語った。 「オレは死ぬまで極道をして生きていくと思ってた。おまえの一言がオレを変えたように、こいつらにはこいつらのきっかけがきっと来る。」 カリフはソンが言うのに耳を澄ませた。 「あきらめるな。にんげんのことをあきらめるな。」 ソンが言う言葉はカリフの胸を打った。 あんなに冷えきって剣のような瞳をしていたソンが今、深い真心からそう言う。 氷のようだったソンの心は、サジのぬくもりによって長い年月を経てここまで融かされてきたのだろうか。 自分が思うよりもはるかにひとのいのちの、たましいの道のりは上回ることはあるのだ。 そのことをソンは信じさせてくれた。 サジがお茶を入れてやって来た。 「どうしたんだ。子どもが泣いてるじゃないか。」 「サジ。」 ソンはサジに向かって呼びかけた。 「この子をカリと育ててやってくれないか?」 サジは黙ってソンを見た。 「カリやオレを育ててくれたように。この子には家庭の愛情が要る。」 サジは笑うと言った。 「わかったよ。あんたがそう言うなら。」 「カリフ。」 カリフはうなずいた。 「いのちはつづいていくんだ。こうして次へと託すことで。それはおまえからきたものであり、おまえが殺したカリフからきたものだ。そうすればおまえが殺したカリフは生かされ、おまえもオレも生かされる。」 カリフはソンの手に自分の手を乗せてうなずいた。 「少し、寝かせてくれ。」 そう言ってソンは目を閉じた。 「ヤンドウ。」 カリフはヤンドウを振り返った。 「リキのことは好きにしろ。オレは牢獄へ入る。」 「オレはいやだ!父さんといる!」 カリが入ってきた。 「どうしたの?」 泣いているリキのそばに座った。 だだをこねて腕を振り回すその手がカリの頬をはたいた。 カリは頬をはたかれても暴れまわっても、リキの頭を、背をしんぼう強くなで続けた。 カリフはそこにサジとソンの営みの結晶を見たように思った。 リキは殴ってしまったカリの顔を見つめていたが、やがてカリの胸に顔をうずめて泣いた。 カリフはしばらく黙ったままヤンドウとリキを見つめていた。 「早くしろ。陽が暮れるぞ。おまえが突き出さないならオレはまた山賊をやる。」 ヤンドウがうながした。 ヤンドウが隙なく心を閉ざすのを見てとるとカリフは静かに立ち上がった。 ヤンドウとともにタスチフの会議場に行き、裁判を受けた。 ヤンドウは3人殺したことを告げた。 「何年かかるかわからないが、恩赦があれば出られる。そうしたらリキに会いにいってやってくれ。」 カリフとずっと口を聞かなかったヤンドウは最後に振り返った。 「リキはオレと違う道が見つかった。それでいいじゃねえか。」 ヤンドウのほんとうの胸の内の一端がふっとこぼれ落ちた瞬間だった。 カリフはヤンドウのことを想いながら星が浮かび出した道をソンの元へと辿った。 ソンの小屋へもどるとカリフはつぶやいた。 「・・これでよかったんだろうか?わたしはもっとヤンドウのために何かができたんじゃないんだろうか?」 ソンはじっと天井を見つめていたが、一言ぽつんともらした。 「河をつかまえようとしてもつかまらない。」 「?」 「つかまえたように見えるのは手ですくった河の水だ。だが、それは河じゃない。河は誰にもつかまえることはできない。河は河としてそこにゆうゆうとあるものだからだ。」 そう言ってカリフの方を見て言った。 「川岸に立ち止まるな。オレは自分の業からくる病を得て死を味わうことがつとめ。ヤンドウは牢獄で自分に向き合う。それがヤンドウが望んだつとめ。おまえは流れにのってオレたちの分もどこまでもゆけ。河を感じろ。それがお前のつとめだ。」 | 1/2PAGES | >>
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